雑記”7”

最近気になっていた老害という言葉について、、

これは自分へのエクスキューズにもなり得ることも承知の上で書きます。

 

自分も若かった時は30代像や40代像みたいなものはあった、

一軒家の購入手続き始めたり、家族を持ち社会的責任と向き合い耐ストレス性に優れた人間になり、つまらない愚痴は言わず、性欲も慎ましく、自己をコントロールできるようになり、周りへの配慮ができるようになる。

 

そんなイメージを勝手に抱いていた、そして上記のような人は実際に存在する。

だが極めて少数であるのと、ドラマでこういった役柄が多く演じられるので、かくあるべきみたいな幻像が先走っていると思う。

重い責任の仕事を全うし日々達成感に触れ、家族やパートナーとの関係も良好に、オフの日には趣味嗜好に没頭できてたら上記のような人間にはなれるかもしれない。

休日銀座の松屋にいる感じのおじさん達だ。

こういった人たちは本当に素晴らしい。いろいろな誘惑に勝ち、努力し続けたんだろうなと思う。

余計なストレスないのでハゲてる人少ないと思う。

 

ただ歳をとるのと反比例で成功を重ねてる人は少ないのが現実だと思う。

 

逆に言うと、

自分が30超えて思うのは、異なるイメージ。

責任は重くなり、余計なストレスは増え、考えたくもない事も増え、そのせいか煩悩も余分に発達する。

そして自分が大切に蓄積してきた分野に関して軽はずみな意見を見かけると余計なストレスを感じる。

 

 

単に老害って言葉やそういった人が顕在化してきたのは、

ここ数年急に増えたってのではなくSNSの普及により可視化されただけだと思う。

成功した人がいるならば、失敗した人は多分その倍いる。もちろん歳を重ねて理解が増えたりするが、そこは人生山あり谷あり。一筋縄にいかない、、、、

 

そんな当たり前の事をネットワークの普及によってただリマインドしてる、されてるだけな気がしてしょうがない、

若くて様々な可能性に溢れてる人からしてみれば、経験則が豊かな人なんて付き合いづらい可能性がある。

見守り続け必要な時に助言をくれる人は素敵だが、相手のためだと思ってつい自分の経験則を話しすぎてしまう。そんな人が八割だと思う。

自分もそういう人の話をたくさん聞いてきた。

 

 最近ジムが流行っているのも、ストレスが蔓延していて、筋トレはそれの対応策の一つでもあるって事だと思う。

 

リテラシーのある老若男女は自分の意見をスマートフォンからすぐ吐き出せる、

また最近の潮流としていろいろな現場に出くわしてはすぐ拡散するという悪癖もある。(自分も少なからず加担していたので反省)

 

SNSっていうのはとても便利であるとは思うけど、自分もこの歳になってバカみたいに不器用なので今後いろいろ制限をかけようと思っている。

自分に不向きなアカウントは削除するべきかなと。

とりあえず今集中してるものが終わってからいろいろ考えますが、限られた中で何かを想像していく方が自分には向いてるかもしれないなと。

 

日々精進!!